| メッセージ。 | - 2007/10/27
- 早実に負けてしまいました。
3年生の皆さん、ご父兄の皆さん本当にお疲れ様でした。
管理人は試合に行けなかったため、管理人と同期である「福田雅」に観戦レポートを依頼しました。
彼はわれわれが13年前に選手権に出たときのチームメイトです。 1度も公式戦に出場したことはありませんが、僕が知る限り誰よりも努力し練習した選手です。
彼は暁星サッカー部初の東大生であり、東大サッカー部の監督も勤めました。
彼が書いた「観戦レポート」はレポートでなく暁星サッカーに対する「メッセージ」に感じます。
現役選手もこのHPをみていると聞きました。 辛口なコメントもありますが、これも暁星サッカーを愛するからこそだと思います。
掲載責任は管理人にあります。 ぜひ、意見があれば掲示板にでも書き込んでいただければと思います。
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組み合わせを見たとき、「準決で修徳か」。緒戦を突破したとき、「次勝てば修徳か」。 そんな風に思ったのは僕だけでしょうか。 こんなときは昔から危険です。 現役の選手たちがそんなこと思っているわけないし、ましてや林先生がそんな雰囲気許さないでしょう。 そんな己のいやな予感から、卒業後初めて準々決勝に足を運んだ次第です。
到着したときにはちょうどハーフタイム。 入口には本日の他試合の結果がホワイトボードに書かれていました。 第一試合:国学院久我山1−2都立駒場 第二試合:関東一0−2都立三鷹 第三試合:修徳4−0農大一 「久我山と関東一負けたんだ。。。」 間違いなく決勝に来るだろうと思っていた二校が消えて、俄然「修徳に勝てば今年も行けるんじゃないか?」という思いが強くなりましたが、こういうときは非常に危険です。
後半早々、暁星の出だしは最悪でした。 ルーズボールが拾えない。マイボールはすぐ失う。相手は大きくクリアして前線の選手を走らせる。 そんな時間帯にやはりゴールが生まれました。 相手は徹底していました。 ゴール前をがっちり固めて、自陣のやや高い位置(カットインされてシュートを打たれても怖くないくらいの高さ)では、縦を切り人数の多い地域へと誘い込み複数人で囲い込む。 一方、やや深い位置(カットインされてシュートを打たれるのは危険な位置)では、中を切り縦に行かせて必ず二人でつぶす。 特に風間がボールを持ったときには徹底されていて、彼は右サイドでボールを持つと、縦に行くと見せかけて、スペースが無いゆえ必ず切り返すのですが、これが完全に読まれていました。 後半に暁星が早実ディフェンスラインの裏をとったことは一度も無かったと思います。 裏のスペースを消すためでしょうか、ディフェンスラインも低く設定されていたとは思います。
たかだか、40分を観たくらいで、彼らの1年を、いや3年、6年あるいは9年間のサッカー人生を否定するつもりも、また批評するつもりもありません。 今と僕らの時代とでは、ずいぶんと事情が違いますし、単純に比較できるものでもないと思います。 きっと彼らも僕らと同じ苦しみを乗り越えて、暑い日も寒い日も眠い目こすりながら朝練行って、早弁して、ぐっすり寝て午後の練習を毎日こなし、あの場を迎えたのでしょう。 ほんとに心のそこから、勝たせてあげたかった。 しかし、残酷だけど勝負は結果がすべてです。 結果がついてきて初めて、そのプロセスが、その努力が肯定されるのです。他人が肯定するわけではありません。自分自身の中で肯定できるのです。 結果が出せてこそ「今まで自分がやってきたことは間違っていなかった。」と思えるのではないでしょうか(一方で結果のみをもってすべてを肯定してしまうのは危険だとは思います)。
あの80分で彼らのすべてを推し量るのは短絡的に過ぎるかもしれません。 たまたま調子が悪かったのかもしれないし、早実が奇跡的に調子が良かっただけかもしれません。 ただ確かなことは、そこまでのプロセスにおいて、勝者には勝因あり敗者には敗因があるということです。 誰にあるのか?チーム一人一人にあるのだと思います。 集団になると個の責任は希薄化しがちですが、集団は所詮個の集まりです。個の強さが集団の強さを支えるのであり、個の弱さが集団の弱さにつながるのだと思います。 そういう意味で、来年はチーム一人一人がもっと強くならなければいけないのでしょう。
今シーズンの暁星には非常に興味がありました。 単に去年の選手権出場で盛り上がっただけではなく、暁星がもう一度名門として復活するかどうか。 その上で、今シーズンの結果は非常に重要なものになると思っていました。 選手たちにとって去年の選手権出場が心の底では「ラッキー」であって、今年も「出られたらいいな」という願望にとどまっているのか。 あるいは、今年は必ず「全国で勝つ」という意識で過ごして来たのか。 前者と後者の意識の差は、大きな結果の差となって現れるはずです。 これは、東京都予選をなめたり、ましてや自惚れたりしているという意味ではありません。 東京を勝ち抜くことがとても難しいことだというのは重々承知しています。
言いたいことは、人間は目線の高さ、志の高さで大きく変わるのだということです。 つまり、自分たちは「全国で勝ち抜くチームだ」と意識するのかどうか、去年の自分たちを越えようとして日々を過ごしてきたのかどうか、その日々の積み重ねが結果として現れるのだと思います。これこそ勝者のメンタリティー。 どこに目線を設定し自らをどこに位置づけるか、そして、勝者のメンタリティーを有しているかどうか、これこそが名門と凡庸な学校との決定的な差でしょう。 「勝ちたい」という願望よりも「勝たねばならない」という危機感の方が、人間の潜在能力を引き出すのだと思います。もちろん、時にはそれがプレッシャーとなって自らを押しつぶすことも多々あるでしょう。
偉そうなことを長々と書いてきましたが、先日の80分間でそこまで僕自身が推し量ることができたわけではありません。ただただ心の底から応援していただけです。そして負けたときには、彼らの気持ちを慮ると辛くてたまりませんでした。
この試合を観て言えることは、早実は最後まで体を張って闘っていたということ、暁星はそれを打ち破れずに負けたということ、そして暁星はやはり「全国レベル」のチームになりきれなかったこと。なによりその事実を我々も、おそらく選手たちも受け容れてしまっていること。
勝負の世界において、敗戦の時点ではその敗戦自体に意義は無いと思います。 明日の勝利があってこそ昨日の敗戦が意義付けられるのではないでしょうか。 彼らがこれからの人生において、この敗戦を意義付けられる日が来ることを願ってやみません。 お疲れ様、3年生、そしてご父兄の皆様。
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